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圧倒的に絵が上手い・画力の高い漫画家まとめ

漫画を読んでいて感じる絵の上手い下手。
上手い下手の基準は人によって違いますが万人が認める絵の上手い漫画家、画力の高い漫画家を紹介していきます!

さらに、紹介した漫画家さんの画力向上や作画について関連するエピソードもできるだけまとめていきます!

筆者の画力の高さの基準は単純にどの角度でも描ける構図力と白黒の絵で何をしているのかの分かり易い表現力を基準に選んでいきたいと思います。

岸本斉史

まず1人目は天下の週刊少年ジャンプの看板漫画で世界累計発行部数2億5000万部を越える『NARUTO-ナルト-』の作者の岸本斉史先生です!

初めて『NARUTO』の第1巻を読んだ時、絵の上手さに衝撃を受けました…!
特に20巻から27巻あたりまでやっていた「サスケ奪還篇」の時の画力は世界一だと思っています。

岸本先生の絵の特徴として俯瞰構図や同じポーズを3種類の構図で描いたりする事です。
あとは一時期、魚眼レンズの多用もしていましたね。
カメラの位置が極端に低い構図や高い構図、どの構図からも描いているのが岸本先生の凄さです。

岸本先生は幼少期の頃は『DRAGON BALL』や『Dr.スランプ』などの絵を描いていたそうですが野球に熱中し始めて次第に絵を描かなくなっていったそうです。

しかし中学生の時に見た『AKIRA』のポスターに衝撃を受けてまた絵を描き始めて大学は九州産業大学芸術学部で絵の勉強をしていました。

ちなみに高校時代は、授業中にノートまるまる一冊に、色んな角度から見た手や足を描いたり、放課後にひとりで美術室へ行き石膏デッサンなどをしていたそうです。
大学時代に、アフタヌーンに『無限の住人』掲載された時は学生寮で騒ぎになり、岸本先生もそれを見て『AKIRA』以来の衝撃を受けたとのこと。
手の描き方も沙村広明の影響を受けている。

岸本斉史が影響を受けた人物
漫画家
・鳥山明『DRAGON BALL』『Dr.スランプ』
・大友克洋『童夢』『AKIRA』
・沙村広明『無限の住人』『波よ聞いてくれ』

アニメーター
・西尾鉄也 アニメ『NARUTO』キャラデザ
・沖浦啓之 『人狼 JIN-ROH』監督
・森本晃司 『AKIRA』設定・作画監督補

石黒正数

『それでも町はまわっている』『天国大魔境』の作者で短編の評価もとても高い石黒正数先生です。

福井工業大学附属福井高等学校デザイン科、大阪芸術大学芸術学部デザイン学科卒業でガッツリ絵やデザインの勉強をして来た方ですね。
さらに中学時代には美術部、大学在籍時には漫画研究部にも所属していました。

石黒先生は大胆な構図などで"見せつける"タイプの作家では無いのであまり名前が挙がらないのですが、日常でもよくあるポーズを色々な構図で描いているのがとても凄いと思いました。

また背景も上手くて、特に少し古びれた建物がめちゃくちゃ上手いです。

石黒正数が影響を受けた人物
漫画家
・藤子不二雄『オバケのQ太郎』
・大友克洋『AKIRA』
・小原愼司『二十面相の娘』

沙村広明

『無限の住人』『波よ聞いてくれ』などの作者で月刊アフタヌーンの看板作家の沙村広明先生です。

多摩美術大学美術学部油絵科の卒業生で小学生の頃から漫画家を目指していた沙村先生。

小学校でポスターっぽいものを任されたりとか、文集の表紙任されたりしていて昔から絵は上手かった。
好きな作家は中学校ぐらいまでは手塚治虫、高橋留美子、藤子不二雄、高校の時に大友克洋の『AKIRA』を読んで、「すげえ人がいるな」と思ったらしい。
また、安彦良和の手の描き方に影響を受けて高校時代は休み時間に自分の手をノートに描きまくっていた。
美術大学を志望したのも漫研に絵のうまい人がいっぱいいそう、という理由からで、美術予備校にて本格的にデッサンの勉強をしたのち、多摩美術大学に入学。
油絵科に在籍するも、絵具の臭いが嫌で油絵はもともと好きではなく、在学中は漫研の活動をメインにしていた。

『NARUTO』の岸本斉史、『チェンソーマン』の藤本タツキ、『呪術廻戦』の芥見下々などジャンプ作家に多大な影響を与えています。

『無限の住人』は1997年に第1回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞していて、その際に「活版印刷の限界に挑むかのような繊細なタッチ」「画面描写の独特の品格」など、画力が高く評価されていた。

大友克洋の影響から逃れる為に漫画のペン入れにはつけペンは使用しておらず、主線はピグマ(ミリペン)、着物部分は筆ペンで描かれている。
また『無限の住人』にて漫画原稿では線がきれいに印刷されないため、下書きなどでしか使われない鉛筆を作画に用いることもしばしばあった。
使用方法は写真仕様のコピーを取ることで鉛筆で薄く書いた部分がドット処理され、これによってスクリーントーンでは不可能な微妙な濃淡を表現できる。

またパースを取る時は原稿用紙の横にあるメモリで下1cm、上1.4cmで緩やかなパースを取っている。

『無限の住人』連載開始時に一ノ関圭の単行本を買い、「こんな写実的に漫画を描く女性の作家さんがいるんだ」と衝撃を受けた。

また沙村先生が思う日本で一番絵が上手い漫画家は高野文子先生。
理由は背景の集中点をとろうとすると絶対ずれる。だけど空間を感じられるから。
また少ない線で人間の挙動を描くのが上手いから。

水平線を描く時、例えば海を描くとしたら、そこに埠頭があるとして、法則で言ったら埠頭のパースの先に水平線があり、沙村先生はわざとそれよりも水平線を上に上げて描く。そうした方が海が広く見えるらしい。

群集シーンで一人一人にバラつきをだす際はアシスタントさんに「ここに群集を自分の絵でいいから、自然なポーズで色々ポージングを崩して描いておいて」って頼んで、アシスタントさんが鉛筆で描いた下描きを沙村先生がペン入れしたりする。

トレースして描いた背景をトレースっぽく見えなくなる方法については画面をカッコよくする事を優先してベタだったりトーンを貼る。

美術予備校「ふなばし美術学院」で二日で一枚、一日一枚と課題をこなしていた時期が一番画力が上がったと感じている。

沙村先生の画力の特徴として重めでシリアスな写実的な絵柄と俯瞰構図や対人戦などのバトルパートでの組み合いの上手さがとても凄いと思います。

影響を受けた人物
・安彦良和『アリオン』
・安野モヨコ『ハッピーマニア』
・大友克洋『AKIRA』

鳥山明

『Dr.スランプ』『DRAGON BALL』などを描き、現代のジャンプ作家に数々の影響を与えた鳥山明先生です!

貧しい家で育ち、欲しいものがあったら、それを手に入れるまで、あるいは興味がなくなるまで絵に描いていました。
また当時は絵画教室にも通っていました。
小学校の写生コンクールで数回入賞し、高校時代には美化キャンペーンのポスターで全国高校生の部で入賞していたりと当時から絵やデザインが上手かったようです。

『鉄腕アトム』や『101匹わんちゃん大行進』の絵を毎日描いていたようです。

愛知県立起工業高等学校(現在の愛知県立一宮起工科高等学校)のデザイン科を卒業しデザイン会社に入社するも2年ほどで退職しイラストのアルバイトなどをしていました。

鳥山先生は漫画を描く上で背景はなるべく省略し、時間節約のためスクリーントーンも使わないで黒と白のベタだけで画面を成立させます。

使用道具はアナログ機材はパイロット製図用インクか証券用インク。ペンはゼブラGペン、たまにコピックペン、ピグマ、デジタルの場合はMacBookにソフトはAdobe Photoshop、たまにCorel Painterを使用している。

鳥山先生の画力の特徴としては白黒だけで画面を成立させるバランス感覚、架空の機械などのデザイン能力、『DRAGON BALL』で見られる戦闘シーンのスピード感とわかりやすさ、『Dr.スランプ』で見られる人物のデフォルメの上手さです!

特にデフォルメした人物を車やら自転車やら乗り物に乗せるのってバランス的にかなり難しいはずなんですけど全然違和感がないのが凄いです!

パースやら基礎デッサンよりも「動き」「デフォルメ」などの漫画的な画力の高さが半端ない作家さんですね。

影響を受けた人物
・手塚治虫『鉄腕アトム』
・ウォルト・ディズニー『101匹わんちゃん大進行』

大友克洋

『AKIRA』『童夢』で知られ、「大友以前、以後」という言葉が生まれるほどの影響を漫画界に与えたレジェンド漫画家の大友克洋先生です。

「科学技術分野における発明・発見や、学術及びスポーツ・芸術文化分野における優れた業績を挙げた方」に授与される紫綬褒章を受賞している漫画家の1人でもあります。

それまでの漫画は手塚治虫に代表されるデフォルメされた「漫画絵」が主流だったのですが、大友先生は紐を使って描いた徹底されたパースと緻密な背景、日本人を美化せずにありのままのアジア人として描く、写真のように切り取られた一枚画で物語が進むなど、現在の少年誌、青年誌などの漫画の基礎を作りました。

さらには壁にめり込んだ時に円球のヒビが描かれるのも大友先生が最初に表現しました。

大友先生は建築物や機械類などを描く場合、対象の工法や内部構造を理解して描くとインタビューで語っています。
大友先生のメカデザインは鳥山明先生と違ってデフォルメはせずにリアルを極限まで表現します。

大友先生の画力の特徴として簡単にまとめると、めちゃくちゃ書き込んでリアルを徹底的に落とし込んだ画風です!

さらに凄いのは「Japanimation」と言われる海外から見た日本産アニメを表す言葉、この言葉を確立した作品が大友克洋本人が監督を務めて10億円の予算を費やして製作されな劇場アニメ『AKIRA』です。
漫画家としても、アニメーション監督としても名を轟かす偉大な人物です。

影響を受けた人物
・手塚治虫『鉄腕アトム』
・ジャン・ジロー(バンド・デシネ作家)
・ちばてつや『明日のジョー』

尾田栄一郎

世界累計4億9000万部、「最も多く発行された単一作家によるコミックシリーズ」としてギネス世界記録に認定されている『ONE PIECE』の作者尾田栄一郎先生です!

尾田先生は幼い頃から絵を描き始め、初めて読んだ漫画、藤子不二雄Aの『怪物くん』で漫画家になる事を決めたそうです。

中学生の頃から漫画を描き始め、ジャンプに海賊の漫画を描くと決めてアイデアを貯めていたそうです。

東海大学付属第二高等学校在学中に読切『WANTED!』が準入選と学生時代から漫画家になる努力を続けていました。

尾田先生の画力で特徴的なのはディズニー作品に影響を受けた自由なキャラデザ、悪魔の実のめちゃくちゃな能力を再現する画力と発想力、カラーイラストの鮮やかさが魅力です!

頭の中にある空想を絵に現す能力がめちゃくちゃ高いんでしょうね。

尾田先生が漫画家を目指すと決めて行った絵の練習方法が「写実の練習」
「ディズニーのアニメをコマ送りで描き出す」「ファッションショーの番組をモデルが登場する速度で描き出す」
「映画雑誌に載っている映画スターの似顔絵を描く」
などを行っていたようです。
尾田先生の可愛らしい動物キャラやありえない体型のキャラはディズニーから来ているようですね。
それに動いてるもの全てアシスタントに任せず自分で描いているため描くスピードもめちゃくちゃ速いです。

影響を受けた人物
・藤子不二雄A 『怪物君』
・鳥山明『DRAGON BALL』
・ゆでたまご『キン肉マン』
・ウォルト・ディズニー

真島ヒロ

『RAVE』『FAIRY TAIL』『EDENS ZERO』を週刊少年マガジンで連載した真島ヒロ先生です!

『RAVE』の頃から画力が急成長し、週刊連載のスケジュールの中、一挙3話掲載や2話掲載を連続で行うなど現在の漫画界でトップクラスの速筆漫画家として有名です。

学生時代から漫画を描いてい、友達にエロ漫画を描いてくれと頼まれたこともあったとか。

そしてアシスタント経験なしでデビューした為、背景の描き方などもわからずアシスタントさんに教わったりして覚えたそうです。

連日徹夜が当たり前の漫画家業において、毎日睡眠時間を7時間取り、持ちかけられた仕事はほとんど断らないなどの仕事っぷり。さらには新作ゲームをやり込んではTwitterで感想ツイートをしたり。

しかし前述のように週刊連載のスケジュールで一挙2話掲載や連続2話掲載、1話丸ごとオールカラー、さらには2週連続での一挙3話掲載という人間離れした偉業を成し遂げました。

アシスタントさんの体験談によると真島先生はアシスタントさんとよくゲームをしたりゲームに負けたら罰ゲームでB級映画鑑賞、仕事中も無駄話しをしまくるなどをしていても締め切りに遅れないそうです。

個人的に真島先生の絵はファンタジー漫画を描いているだけあって現実にないものや特殊能力などを上手く表現できていて、背景も細かく描き込まれていたり、戦闘シーンもわかりやすいです。

また『ONE PIECE』の作者・尾田栄一郎先生に絵が似ていると言われてますが2人とも鳥山明先生に影響を受け、尾田先生が『DRAGON BALL』、真島先生が『Dr.スランプ』の瞳の描き方をしているんです。

影響を受けた人物
・田中宏『BAD BOYS』
・宮崎駿 『ジブリ作品』
・鳥山明 『Dr.スランプ』

村田雄介

『アイシールド21』『ワンパンマン』の作画担当として活躍されている村田雄介先生です!

中学生の頃に『ロックマン』シリーズの応募企画に自分が考えたキャラが2回採用されたりと小さい頃から絵が上手かった村田先生。

高校の修学旅行のパンフレットの表紙絵もTwitterで公開されていましたが高校生の画力では無いです。
はっきり言って天才としか言えないレベルです。

そんな村田先生の画力上達方法は「とにかく描く」「色々な方法を試す」「街で見かけた人の似顔絵を描く」「欠点を潰すよりも長所を増やす」などです。

とにかく描く量を増やす、よく観察して描く事が大切なようです。

村田先生の絵は漫画家というよりアニメーターっぽい絵だと個人的に思います。
『ジョジョ』に寄稿されたイラストが荒木先生の絵柄を模倣していましたし、作画専門として活動していく中でどんな絵柄も描けるように対応しているのではと思います。

荒木飛呂彦

『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズでお馴染みの荒木飛呂彦先生です!

東北学院榴ケ岡高等学校卒業、仙台デザイン専門学校卒業。宮城教育大学中退。

荒木先生の画力についてはジョジョを見てくれればわかる通り、時代によって進化していっています!

第一部〜第二部は劇画調の作画で、そこから段々と"荒木飛呂彦"の画風になっていっています。

第七部の『スティール・ボール・ラン』でイタリア美術、ルネッサンス美術に影響を受けた絵柄が完成されていると感じます。

「ジョジョ立ち」と呼ばれるイタリアの彫刻芸術から影響を受けたポージングも独特な立ち方をしていてそれをカッコよく描くのがとても凄いです。

特に荒木先生の画力の高さが伺えるのは電子版のみで購入できる『ジョジョの奇妙な冒険』フルカラー版です!

普通の単行本では分かりづらいですが荒木先生の構図力がめちゃくちゃ高いのです!
ジョジョに出てくるスタンドの能力には"何かに隠れる、入り込む"能力があり、それを描くときの構図がとても上手いと思います。

さらに凄いのは執筆スタイルは週休二日制で仕事をして締め切りに遅れたことは一度もないくらい速筆だそうです。

影響を受けた人物
・ミケランジェロ
・大友克洋『AKIRA』
・車田正美『聖闘士星矢』
・ゆでたまご『キン肉マン』

矢吹健太朗

『BLACK CAT』『ToLOVEる』などでお馴染みの矢吹健太朗先生です!

第14回天下一漫画賞(1997年9月期)で、『MOON DUST』により秋本治審査員特別賞を受賞。デビュー時は現役高校生で、初連載作である『邪馬台幻想記』開始時は18歳だったそうです。
ちなみに『バクマン。』に出てくる新妻エイジのモデルにもなっている漫画家さんです。

矢吹先生と言えば『ToLOVEる』シリーズを読むとわかる通り"可愛い女の子"です!

しかし、元々は好きな漫画である『DRAGON BALL』の影響からバトルシーンばかりを描いており、女性キャラクターを描くのが苦手だったそうです。
第14回天下一漫画賞を受賞した際に『こち亀』の秋元先生から「女の子が可愛い」と褒められたため、以降は苦手意識をなくすために努力をしたそうです。

矢吹先生は幼稚園児の頃から絵は大好きで、マンガの真似事のようなものを描き始めたのは小学校4年生くらいから。好きなマンガのキャラを自分で動かすイメージで描いていた。
また自分が「好きだな」「いいな」と思う漫画やアニメの絵や場面を模写してある程度その絵を覚えたら見ないで描くという事を小学生時代から毎日欠かさずにやっていたそうです。

そして「絵のうまいやつ」と学校で有名で、近所でも評判の天才少年だったとか。

中学生15歳の頃にはジャンプで行われた『DRAGON BALL』のキャラクター同士を合体させてオリジナルの合体戦士を募集する「フュージョン大会」にてご飯とトランクスをフュージョンさせた「ゴハンクス」でカッコいい賞を受賞。後にゲームで実際にゴハンクスが登場しています。

高校3年の夏前に進路を決めろといわれ、自分の得意なことは絵だと認識した。趣味として長く続けてきた自分の絵がプロの漫画家としてどの程度のレベルなのかを試して見たくて、ジャンプの漫画賞である天下一漫画賞に投稿(そして受賞)

最初に漫画を描くときにGペンやら丸ペンやらを購入するも使いこなせず結局ボールペンで描いたそうです。

その後は担当編集者の説得で東京に上京して『ヒカルの碁』が始まった時期に小畑健先生のアシスタントとして働き始めそこで漫画の基礎叩き込まれます。

可愛い女性キャラクターを描く時に意識している事については普段から女性の身体の持つ柔軟さや曲線の美、動きや目配せ、指先の動き、表情など女性らしいしぐさを研究し、それらを少しオーバーなぐらい強調して見せている。
S字に近いポージング身体のメリハリが強調され、女性らしさが出る。

また矢吹先生の作画方法としてペン入れはスピーディーに、仕上げのホワイトなどで線を整えて綺麗な身体のラインを描いています。

影響を受けた人物や作品
・ゆでたまご『キン肉マン』
・車田正美『聖闘士星矢』
・鳥山明『DRAGON BALL』
・桂正和『I”s』
・小畑健『ヒカルの碁』
・和月伸宏『るろうに剣心』
・庵野秀明『新世紀エヴァンゲリオン』
・『ドラゴンクエスト』
・『ファイナルファンタジー』

三浦建太郎

圧倒的画力の『ベルセルク』を描いていた三浦建太郎先生です!

千葉県出身、日本大学藝術学部美術学科卒。

日芸入学後、第34回少年マガジン新人漫画賞入選作となった『再び』(『週刊少年マガジン』)及び『NOA』(『フレッシュマガジン』)で商業誌デビューを果たす。

ちなみに1984年、18歳の頃に『はじめの一歩』の森川ジョージ先生の元に臨時のアシスタントとして入るも既に実力を備えていると判断され1日で帰らされているくらい元から画力が高かったようです。

三浦先生の両親は共に絵の仕事をしており、高校時代から本格的に漫画家を目指して漫画を描き続けていた三浦先生に対して理解を示していたらしいです。

さらに高校は美術科のある高校に行き、同級生には「セスタス」シリーズの技来静也先生や『ホーリーランド』の森恒二先生など三浦先生と共に「ヤングアニマル」誌面を支えた漫画家がいます。

特に森先生とは自宅で共に漫画を描いていたそうです。

また両親ともに武蔵野美術大学出身で母親はお絵かき教室の先生、父親はコマーシャルの絵コンテを描く仕事をしていて小さい頃から絵を描いていた。
父親のCM絵コンテに影響されて小学校低学年の頃から漫画を描き始め最初は学研の学習誌などに載っていたマンガを真似していた。

『北斗の拳』の画面いっぱいの拳を見て漫画がアトラクション化したと感じた。

影響を受けた人物・作品
・父親
・原哲夫『北斗の拳』
・鳥山明『DRAGON BALL』『Dr.スランプ』
・車田正美『聖闘士星矢』
・出﨑統(アニメ監督)
・永井豪『デビルマン』
・ダイナミックプロ
・ロボコップ
・ティム・バートン『バットマン』

井上雄彦

『SLAM DUNK』『バガボンド』の井上雄彦先生です。

小・中学校時代は剣道部に所属し、高校から当時まだマイナーだったバスケットボール部に入部し主将を務める一方で子供の頃から絵を描くことを好み、高校の終わり頃より漫画家になることを意識し、芸大進学を目指して美術予備校に通おうとしていたほど。(予備校にお金がかかるため結局、熊本大学に進学)

20歳の時に週刊少年ジャンプに投稿した作品が編集者・中村泰造の目に止まり、本格的に漫画家の道を歩むために1987年に大学を中退して上京。
『シティーハンター』の北条司先生の元でアシスタントを10ヶ月ほどして漫画制作の基礎的な技術を身につけました。

画材はステッドラーのシャーペン(0.7ミリ)
ドクターマーチンのカラーインクや筆ペン、カスタムしたGペンです。

影響を受けた作品や人物
・水島新司『ドカベン』
・池上遼一『男組』
・小林まこと
・北条司『シティーハンター』

まとめ

絵の上手さには"漫画的な上手さ"と"技術な上手さ"があります。
漫画的な上手さは空想を描き出す表現力、技術的な上手さはパースなどの構図力です。

技術的な上手さを持っている漫画家さんは美術系の学校に通っていた方が多い印象です。
たぶんデッサンとか相当やっていたんでしょうね。そして大友克洋先生の影響が強いです。

漫画的な上手さを持っている漫画家さんは連載していく中でどんどん上手くなるパターンだったり、鳥山明先生やディズニー作品に影響されている方が多い印象です。

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